レッドライト
2024年6月25日

学校健診を考える1「学校健診の意義、胸部聴診」

今年度に入ってから6月下旬までの間に、日本の学校健診に関するニュースがいくつか報道されました。
・北九州市で複数の生徒が「陰部を触られた」と訴えた
・群馬県みなかみ町で複数の生徒が「下着を引っ張られて下半身を見られた」と訴えた
・横浜市で生徒を上半身裸にさせて学校健診を行い、一部の保護者がそれを問題視してSNSに投稿した
・栃木県大田原市で、市議が自身の長女の学校健診結果についてクレームを入れ、学校医が辞任した

それぞれの出来事について何かを判断することはできませんが、小児科医として日本の学校健診、特に小学校での健診について考えてみたいと思います。
1.学校健診の意義
文部科学省の資料には下記のように記載があります。
「学校生活を送るに当たり支障があるかどうかについて疾病をスクリーニングし、健康状態を把握するという役割と、学校における健康課題を明らかにして健康教育に役立てるという、大きく二つの役割がある」
キーワードは「スクリーニング」と「健康教育」の2つです。スクリーニングは、医療においては「無症状の者を対象に、疾患の疑いのある者を発見することを目的に行う検査」を意味します。ニュースを騒がせたのはこのスクリーニングのための診察です。

2.どんな病気のスクリーニングか
スクリーニングの対象となる疾患は、「その集団で起こりやすく、早期発見が大切で、放置すると重大な健康被害を及ぼす疾患」です。例えば、小学生では通常起こらない胃がんを探したり、逆にとてもよく起こるけれど重大な健康被害を及ぼすわけでない風邪を見つけたりすることは、学校健診の目的ではありません。学校健診でスクリーニングの対象となる代表的な疾患の一つに、心疾患が挙げられます。「心疾患って起こりやすいの?!」「先天性が多いのでは?」と思われるかもしれません。しかし、心筋症やQT延長症候群は小学生以降に発症することもあり、突然死の原因となりえます。現在は心疾患による突然死がかなり減少しており、学校健診や心電図健診が功を奏していると言えます。

3.胸部聴診の意義
私は長野で内科診療をしていた際、おじいさんに胸部聴診をして「いったい何を聞いているんだね」と言われたことがあります。たしかに「胸の音、聞きますねー」しか言っていませんでしたが、心音が規則正しいか、心臓の雑音はないか、呼吸音は左右対称で雑音がないか、胸郭の動きに左右差はないか、などいろんなことをチェックしています。学校健診の胸部聴診では、心疾患のスクリーニングが含まれることを考えると、特に心音に注意して聴診を行うことになります。胸部聴診は「服を脱ぐ必要があるのか」「着衣でも聞けるのでは」と議論になりやすいのですが、医師としての本音を言えば「できれば素肌に聴診器を当てて聞きたい」です。衣類の上からの聴診ではどうしても心音が聞こえにくくなります。衣類の上からでも音を聞こえやすくする電子聴診器もありますが、相当高価ですし、もし雑音が聞こえれば結局「直接当てさせてください」とお願いすることになります。私は長野の内科診療では電子聴診器を使っており、服の脱ぎ着に時間のかかる高齢患者さんの胸部聴診にはとても便利でしたが、それでも冬場のダウンやセーターの場合にはめくってもらっていました。

4.学校健診と女性医師
「女児の健診には女性医師が」という声もありますが、医学科の受験で女子のみ減点されたり、「女医が増えると外科のなり手が減る」「妊娠出産育児で当直をしないから女医が増えると困る」と散々言われたりした女性医師からすると、ゲームのキャラクターじゃないんだから簡単に変更できると思わないでくれよ、と言いたくなるところです。また、聴診で異常を見分けられるようになるにも、かなり年季を要します。
指導医にくっついていろいろな異常な音を聞かせてもらったり、カンファレンスで指導医に「あの音が聞こえなかったのか」となじられたりして、だんだん正常と異常を判断できるようになっていきます。健診ができる医師を育てるにも、時間がかかるのです。

5.これからの学校健診
平凡な結論ですが、先に挙げたようなニュースをきっかけに、健診の実施者(学校、自治体)、医療者、生徒と保護者がコミュニケーションを取り、医療として必要なこと、患者が望むことをすり合わせていけばよいかと思います。私に「何を聞いているんだね」と尋ねたおじいさんは、医療者が患者に説明することの大切さを教えてくれました。また、シンガポールに来て意識するようになったことですが、費用対効果を考えることも重要です。スクリーニングにコストをかけすぎると財政を圧迫してしまいます。適度なコストで、できる限りリスクを抑え、患者になるべく負担をかけない学校健診を常に目指していく必要があります。

医師 佐渡 めぐ美