日々の診療の中で、時々「今度マラソン走ります」という患者さんにお会いします。また、自分の周りにも走ることが好きな方は何人もいらっしゃいます。私自身は長距離走は苦手なので、マラソンを走れる人は尊敬するのですが、一方でマラソン中の死亡事故のニュースを耳にすることもあり、少し心配になってしまいます。では、実際のところマラソン中の事故はどのくらい起こるのでしょうか?今回は近年のマラソン参加者の心停止発生率と死亡率の推移を検討した論文をご紹介いたします。(https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/2832121)
筆者らは2010年から2023年の間に開催されたフルマラソン及びハーフマラソン参加者の心停止発生率と死亡率を集計し、すでに発表されている2000年から2009年にかけてのデータと比較しています。
この論文によると、2010年から2023年に米国で行われたレースの完走者は合計2931万1597人で、176人(男性127人、女性19人、不明30人)が心停止を起こしていました。また、心停止後の死亡率は34%(死亡59人、生存117人)でした。
参加者10万人あたり心停止発生率は0.60であり、2000年から2009年の心停止発生率(0.54)と比較して変化は見られませんでした。
これに対して心停止後の死亡率(34%)は、2000年から2009年の71%と比較して有意に減少していました。さらにもう少し細かく年次推移を見ると、2010年から2014年の48%に比べ、2015年から2023年は25%と減少していました。
また、10万人あたりの心停止発生率は女性が0.19、男性は1.12で男性の方が高く、フルマラソンが1.04、ハーフマラソンが0.47とフルマラソンの方が高いという結果でした。
なお、死亡した176人のうち、心停止の原因を調べることが可能だったのは67人で、最も多かったのは冠動脈疾患(40%)でした。原因不明も25%と多く、肥大型心筋症が7%、熱中症が6%でした。
心停止後の詳しい状況が収集できた36人のランナーに関する情報を分析したところ、全員に目撃者による心肺蘇生が行われており、AEDが利用できなかった3人は死亡していました。 死亡と有意に関連していた要因は、蘇生時間が長いこと、AED装着時の心電図所見が除細動の適応外であることでした。
これらの結果から筆者らは、米国のマラソン中の心停止発生率に大きな変化は見られず、一方で心停止後の死亡率は大きく低下していたと結論しています。また、この生存率の向上は、目撃者による速やかなAEDの使用で説明できそうだと述べています。
どうやら、AEDの普及などもあり、マラソンの安全性は上昇しているようです。ただ、過酷な競技ではあると思いますので、自分の体調と相談して楽しんでいただきたいと思います。特に男性の方とフルマラソンを走られる方はご注意ください。また、いざという時のために日ごろからAEDの使用法について学んでおいていただけると嬉しく思います。
医師 堀部 大輔