これまで小児科の視点から子どもとことばの関わり合いについて、寄り道をしながら述べてきましたが、今回はことばとスクリーンタイムの関係についてお話をしてこのシリーズを終えることといたします。
テレビやビデオ、最近はスマホやタブレットが主流になりつつありますが、こういった動画が成長過程の子どもに与える影響について、近年いろいろな研究がなされています。アメリカで行われた研究では、全ての媒体による動画の視聴時間(スクリーンタイムと言います)が長い環境で育った子どものほうがことばの発達が遅くなるという結果が得られています。わかりやすく言えば、家ではテレビがつけっぱなしで外ではスマホの動画を見せておとなしくさせている子どもは言葉数が少ないということです。これは、テレビが一方的に情報を流しているだけで、子どもが声をあげたり指差しをしたりしても個別のレスポンスが全くなく、親御さんが絵本を読んでいる時のようなリアルタイムで適切な反応に欠けているためと考えられています。子どもにとって、知っているキャラクターを見つけて指差しをして「○○」と言ったら、すかさず「そう○○ね、上手にいえたね」といった言葉が返ってくることで、それが正しかったことを確認したり褒めてもらえてうれしかったという体験の積み重ねが、ことばの発達だけでなく情緒を伸ばすうえでもとても重要になります。テレビではこういった反応は一切ありませんので、手が止まってただ画面を見続けることになります。
1日のスクリーンタイムの目安は、理想的には30分から1時間、どんなに長くても2時間は越えないようにしたいものです。子どもが小さい間は親の権限が圧倒的に強いので、自宅でテレビやビデオを見る際は終わりの時間を決めておいてそれを過ぎたら強制的にスイッチを切って、他の遊びに誘導するようにしましょう。あらかじめ約束しておくと子どもはそれを守ることが知られています。外で子どもが騒いだ時にスマホの動画であやしているのをよく見かけますが、幸いシンガポールは日本と比べて子どもにとても寛容ですから、周囲の人に甘えて外では一切スマホ・タブレットを使わないこともそれほど難しくありません。子どもは騒ぐと動画が見られるという悪い学習をすることになって次第にエスカレートするので、早い段階で「外では見られない」ことを学習してもらうとよいでしょう。
別の研究では、自宅に絵本がたくさんある家庭の子どもが、のちに学習能力が高くなるという結果も出ています。さらに、昔ながらの紙の絵本がよく、電子的なものや動画が挿入されているものはだめだそうです。これは、絵が動かないことから絵を媒介として子どもと親の間にやり取りが生じるためと考えられています。子どもが絵本に興味を持ち出すと、同じ絵本を何度も読んでくれといって持ってくることがあります。大人にとって一度読んだものをすぐに読み直すのはある意味苦痛ですが、子どもにとっては繰り返し読んでもらうことがことばの習得の上で最も大切な過程と考えられますので、他のことに優先して対応してあげてください。
以前、絵本を与えると破ってしまうので棚に片づけて簡単にとりだせないようにしているという親御さんがいらっしゃいましたが、子どもは汚したり壊したりしながら力加減などを勉強していくものですから、それは想定の範囲内です。どうかたくさんの絵本を準備して、一緒に楽しみながら、紙がよれよれになり、装丁がはずれるくらいになるまで読みつくしてください。
ことばの世界は奥深いものです。赤ちゃんが一番最初に出会う両親の「母国語」を大切にして、日本語の特殊性も念頭に置いて子どもと接して頂きたいと思います。今回の連載は反響が大きく、それだけ子どもの言葉に対する関心が高いのだと感じました。この小文が親御さんのお役に立てることを願って、このシリーズを終えることにします。
医師 長澤 哲郎