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紅麹に考える1

今回は、昨今マスコミをにぎわしている紅麹騒動に関連して、私が常々感じている過度な自然志向について述べてみたいと思います。

突然ですが、自然の素材をつかった黒砂糖と精製した白砂糖、どちらを赤ちゃんに使いたいですか? 天然の黒砂糖には土壌中のボツリヌス菌が紛れ込んでおり、手足や呼吸筋が麻痺して死亡することもある乳児ボツリヌス症の原因となるため、赤ちゃんには不純物を取り除いた白砂糖を使わないといけません。もし、黒砂糖を離乳食に使っている読者がおられたら、至急中止してください。精製糖の結晶がとても白く見えるため、漂白してあると誤解して不健康と考える人も多いですが、白砂糖はとても安全な食品なのです。このことは、「体によさそう」というイメージだけでは安全性を担保できないことを示しています。

精製してあるとか、人工○○というと健康に悪いイメージがあります。しかし、紅麹の問題についていえば、コレステロール低下作用のあるロバスタチンを人工的に製造した薬品を医師の管理のもとに使用せず、ロバスタチンと同じ成分を持つ未精製のサプリメントを個人の判断で使用したことが、意図とは逆に健康を害する結果となってしまいました。言い換えれば、適切に「管理された」食品や薬品は、何が混入しているかわからない「自然のもの」よりも安心して摂取できるとも言えます。

シンガポールに来て間もないころ、お尻から寄生虫が出てきたと駆け込んできた患者さんがいました。問診の結果、この家族は農薬を一切使わない「有機野菜」を長い間使用してきたということがわかりました。東南アジアにはまだ寄生虫がたくさんいるため、有機野菜から感染した可能性は完全には否定できないとお伝えしたところ、ご家族はその後方針を転換されたようです。このように、天然とか有機というものがすべて善というわけではなく、何事にも良い点、悪い点があることは覚えておくべきでしょう。個人的には、サラダを食べていて芋虫が口の中から出てきたら、と考えると、安全が担保された農薬を使った野菜のほうが望ましいと感じます。昨今流行りのサステイナブル以前の狭い視点ですが、あえて一石投じてみました。

また、○○を大量に摂取すると癌になる、といったセンセーショナルな(閲覧者が増えて収入が増えるような)記事を見かけることがありますが、よくよく読むと毎日3食そればかり食べていても食べきれないような量を100年間とったらがんになるリスクが数%上昇する、といった現実離れした数値であることがあります。この話を進めると、しょうゆを1L飲むと死ぬのでしょうゆは一切使ってはならない、といった極端な話になりかねません。どんな食べ物や調味料も量が過ぎれば必ず体に害をもたらしますが、適切な量であれば問題になることはありません。たとえば、保存料というと目の敵にされますが、このおかげで食あたりをせず、おいしものが気軽に食べられていることを忘れてはなりません。もし保存料がなければ、日々の食生活がどれだけ寂しいものになるか、そして高コストになるかを想像してみてください。そして、少なくとも日本やシンガポールのような国で認可された添加物は、しっかり「管理されている」点で適量を摂取する限りにおいて紅麹より安全と言えるのではないでしょうか。

食生活が豊かになるという観点からは、くだものをはじめとする食物の品種改良があります。採取生活をしていた時代は、リンゴにしてもイチゴにしても食べられる部分はごくわずかで、現代人から見たら食品とはとても言えないものでした。百年単位での交配、すなわち遺伝子操作を続けた結果、現在の店頭に並ぶようなジューシーでおいしいくだものや野菜が誕生したのです。また、江戸時代にはあさがおの交配が盛んに行われて今のような美しいあさがおを楽しむことができるようになりました。これらは、当然管理されたものではなく、人間にとって都合の良いものが偶然できるとそれを継代していくのですが、意図せず人間に不都合なものが突然できてしまう可能性もないとは言えません。遺伝子工学でそういった変なものができないように「管理された究極の交配」を行うほうが、効率の観点からも安全性の観点からも優れている、とは言えないでしょうか。食卓で「遺伝子組み換えでない」という文言を見るたびに複雑な気持ちになっています。

最後に、○○フリーという表示についても触れておきます。昨年、大手食品メーカーが他社の○○フリー(不使用)という表示に意味はなく、消費者の判断を惑わすだけだと訴えたというニュースが流れました。このメーカーの指摘する問題点は大きく2つあり、不使用ということを強調することで「安全性が国際的に公認され、国が科学的根拠をもって安全性を評価し、広く使われている」(ウェブサイトより)添加物に何か問題があるような印象を与えてしまう問題と、その食品に不可欠な添加物と同等の代替物質を使用することで表示義務を避けて「不使用」を強調する問題です。確かに、○○フリーといわれると健康によさそうなイメージを持ちますが、安全性が確認されたものを使うより「不使用」を強調するためだけに評価がまだ定まっていない代替物質を使うほうが健康に対するリスクが高いということは、紅麹の問題が私たちに教えてくれた教訓でした。

以上、紅麹騒動をきっかけに、日頃行き過ぎた自然志向の風潮に考えていたことをまとめてみました。読み返して過激と思われるところもありますが、あえて問題提起をさせていただきました。この問題に関連して、ステロイド軟膏と天然製品の問題や漢方のことなど、今回書ききれなかったことがありますので、予定外のパート2に回すことにします。

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医師 長澤 哲郎