おたふく風邪(ムンプス)は、耳の下にある耳下腺という唾液を作る組織に入り込んで炎症をおこし、ちょうど「おたふく」のような顔貌になることからつけられた名称です。正式には流行性耳下腺炎(りゅうこうせいじかせんえん)と言います。腫れは片側だけのことも両側のこともありますが、通常は1週間ほどで引いてきます。発熱や腫脹部の痛みは数日でピークを超えてくるので、麻疹(はしか)などと比べるとそれほど重症感はありません。
おたふく風邪が問題になるのは、感染に付随して起こるさまざまな合併症があるためです。代表的なものは髄膜炎で、10人に1人に見られるとされています。思春期以降には男性の場合睾丸炎が10~20%、女性の場合は卵巣炎が10%に合併して、将来の不妊症の原因になるリスクになります。頻度は不明ですが、膵炎を引き起こすことも知られています。昔からおたふく風邪後の難聴が有名でしたが、耳鼻科学会の全国調査では約200人に1人が難聴になることが分かってきました。30%の方がウイルスに罹っても耳下腺腫脹などの症状を示さない「不顕性感染」であることを考えると、原因不明の難聴の中にも実はおたふく風邪が原因というケースもあるかもしれません。難聴は不可逆性で一生治らないので、たとえ片側だけであっても3人以上でのコミュニケーションや教室での授業に支障をきたします。
発症してしまうと解熱剤や痛み止めといった対症療法しかないので、予防が大切な病気です。ところが、日本ではいまだにおたふく風邪のワクチンが任意接種となっているので接種していない人が多く、たとえ接種していても1回のみで予防効果が限定的なこともあるので、局所的な流行を繰り返しています。残念ながらシンガポールでもおたふく風邪は散見されているため、早めに接種を済ませてしまうことが大切です。
1歳前にシンガポールに来られたお子様の場合は、MMR(M麻疹、Mムンプス、R風疹)の混合ワクチンを接種しているので麻疹と一緒に1歳代で2回の接種を終えることになりますが、日本でMRワクチンを受けてきたお子様の中にはおたふく風邪のワクチンを打っていなかったり、1回のみであったりする可能性があります。この機会にぜひ母子手帳をご確認ください。
また、成人でもワクチン未接種の場合は罹患する可能性があります。成人の場合は精巣炎の原因になるリスクも高く、ご自身のワクチンが1回以下の場合はMMRにて2回接種済にされることをお勧めいたします。もし、MRワクチンが2回済んでいてもMMRを接種して問題ありません。というのは、最近は麻疹の流行が見られなくなって、街中で自然にブースターを受ける機会がなくなっており、2回接種していても長期の間に麻疹や風疹の抗体が低下してきて中年以降に発症するケースも報告されているからです。この機会にMMRワクチンを接種しておくことで将来の自分を守ることにつながります。
医師 長澤 哲郎